KUMAちゃんの幸せ 【号外】
死者との対話
わたしは自分の内部の深淵へとダイブする。 深いところへ。 果てしなく深いところを目指して。 ほどなく、真の暗がりの中に立つ自分を意識する。 深淵は暗く、光源はない。 わたしが持つものは、死者の遺族からの、死者に手向けられた愛だけ。 愛だけを持って、わたしは意識の底へ降り立った。 暗い。 何も視えない。 深淵には、温かい水が満ち、わたしの膝を洗う。 足裏に、細かい砂の粒を感じる。 浅い湖のようだと思う。 湖底に意識を凝らす。 ふいに一粒の砂が光った。 ひとつ、ふたつ、みっつ。 砂粒が光る。 一瞬で、湖底の砂が一面、光を帯びた。 目を焼く強さではなく、やわらかな、やさしい輝き。まるで月光のよう。 わたしの足許は、ほの明かりで照らされる。 そうして、わたしは、わたしの傍に立つ死者を視つけた。やっと視つけた。 彼は言った。 「足許が、明るいから、大丈夫」 鸚鵡返しに、わたしは言った。 「足許が、明るいから、大丈夫」 彼は笑う。 「愛が、あるから、大丈夫」 昔に聞いた歌の歌詞みたいだね。『瀬戸の花嫁』だったかな。 生きている人が言うと、陳腐で、いいかげんな口説き文句にしか聞こえないのに、死者の口から告げられると、それが、この世界の真理なのだと分かる。 ホントだね。愛があるから大丈夫なんだ。 彼が足を踏み出すと、ほの明かりの帯が伸びて、一本の道になった。 彼は笑いながら、ほの明かりの道に足を進めた。 わたしは嬉しさからか、悲しさからか、そもそも自分の感情か、そうでないのかも分からない涙に頬を濡らしながら、彼の背中を見送る。 深淵に立つと、生者と死者の境界線なんて、とても曖昧と思える。 自分が生きている気がしない。 もしくは、死者が死んでいる気がしない。
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