KUMAちゃんの幸せ  【壱】


ナイショ話は小声で


「蒼紫ってさー、躰だけ見ると攻めだけどさー、中身は受けだよねー」

『そうそう』

「でさー、剣心ってさー、小柄で見るからに受け身っぽいけど心は攻めよねー」

『うんうん』

 と、まあサークル関係の知人と電話で猥談を爆裂させていたある日のこと、通話が終わったとたんにインターフォンのベルが鳴った。

 やってきたのは広告代理店につとめるパンピーの友人〈R〉。もう十年来のつきあいで、わたしのサークル活動や創作活動を応援してくれる人物である。(もっとも同人誌は読まないヒトなんであるが)ちなみに実家のご両親が農業を営んでおられるという彼女は、わたしに食糧援助を惜しまないありがたい存在でもあった。

「Hな話は小声でしなさい」

 ドアを開くと開口一番に彼女は言った。

「丸聞こえだったよ、外まで」

 わたしはマンション住まいで、せまい玄関のすぐそばに電話機を置いてあり、ちょっと大きな声を出せばドア越しに共同通路の端から端まで響きわたることは知っていた。会話に夢中になるあまり、声の音量を抑えるのを忘れていたのである。

 長身な彼女の呆れ顔を見上げながら、わたしは愁傷にうなずくしかなかった。

 ああ恥ずかしかった。





飛んで火に入る夏の虫


 ちょうど『夢十夜・あぶな坂』を執筆中のときだった。禍つ魔が剣心の唇を舌でこじ開けるシーンが今ひとつリアルにならなくて悩んでいた最中にパンピーの友人〈A〉がやってきた。彼女は二十年来の悪友で、関係はすでに腐れ縁である。

「あっ! イイところへ来たねえ」

「なになに?」

「ねえねえ、お願いがあるの。キスさせて。舌も入れさせて」

「……は?」

 わたしの変人ぶりをよく知っている彼女も、しばらくは絶句していた。そこで現在執筆中の作品のヒントにしたいのだと説明すると、しぶしぶながらも引き受けてくれた。

「まあ、減るモンじゃナイからイイけど……」

 そういう感覚を持っているあたり彼女もけっこうな変人である。

「ありがと〜。じゃあね、舌でこじ開けようとするけど、ぎっちり歯を噛みしめて抵抗しててね」

「……ラヴシーン……じゃないの?」

「うんっ!」

 で、いまいち納得しきれないままの〈A〉を押し倒して目的を遂げたワケだが、そのあとで彼女に「まるでレイプされたよーな気分だった」と言われたときにはチョット申し訳ない気がした。

 この話には後日談がある。こんどは『夢十夜・月の蚊帳』を執筆中に、やはり〈A〉がやってきたので喜び勇んで「後ろ手に縛らせて」と頼もうとしたのだ。しかし、さすがに不穏な気配を察したのだろう。「ねえねえ、お願いがあるの」と発した時点で間髪を容れずに「イヤ」と返されてしまった。





それぞれのモラル


「斎藤さんって妻帯者なんでしょ?」

 件の友人〈A〉を相手に斎×剣のHな話を披露しているとき、とうとつに彼女は真顔で尋ねた。彼女もまた〈R〉と同じく同人誌を読まないヒトなので、わたしが書く小説の概要は聞き知っていても読んだことまではない。

「もしあんたが斎藤さんの奥さんだったらさ、男と浮気されてヤじゃない?」

 あっそうか。パンピーだったらそう来るか。だってだって現実じゃナイしー、ほかの男ならともかく斎藤さんだっしー、などと思いつつ、

「えええーっ、……でも剣心だったら許す」

「許すって……、どうすんのよ」

「交ぜてもらって3P]

 しばしの沈黙。

「……じゃあさ、剣心じゃなくて、ふつうに可愛い女と浮気されたら、どうよ?」

「う〜ん、……カワイイ?」

「うん。カワイイ」

「……やっぱり交ぜてもらって3P」

「あんたにはモラルとゆーモノはないのか?」

 いまさら愚問であろう。

 

 

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