トリになったワタシ
わたしは普段、さほど自分の身なりに気を遣わないほうである。水商売に従事していた若かりし頃ならいざ知らず、接客業をやめてからというもの、およそオシャレに関することには興味がない。ファッションのみならず化粧品やアクセサリー、ヘアスタイルにすら意欲的に取り組む気力がなくなって、もうずいぶんになる。
万事がそんな調子だったから、このごろ急に増えてきた白髪に対しても無関心だった。もともとわたしは十代の頃から白髪だらけだったという若白髪体質なこともあり、当然のことながら自分では自分の頭を見慣れているため、それに対しての羞恥心が薄かったのだ。
とはいえ、周囲のサークル関係の友人知人が若年化するいっぽうの昨今では、さすがに気恥ずかしく思うようになり、大きなイベントへ行くときくらいは染めちゃおっかな~、などと思うようになっていた。
先日、大阪でのイベントを二日後にひかえたある日、そんなこんなで髪を染めようと思い立ち、市販のヘアマニキュアを購入した。しかも、どうせなら派手にしてやれ、と赤くなるヤツを買った。
さて。髪を染め終わり、おフロから出て鏡の前に立ったわたしは、そこに一羽のトリがたたずんでいるのを見た。なんとヘアマニキュアの溶液が白髪だけでなく頭の地肌、それも頂上を丸く真っ赤に染めていたのだ。
トリはトリでも丹頂鶴である。いやあ笑った笑った。
しかし笑っていられたのは束の間だった。わたしと同じ経験をされた方ならご存知だと思うが、こーゆー色素は、いったん地肌につくとなかなか落ちないものなんである。
ああああああっ! なんてことだっ! 翌日は大阪入りしてサークル関係の知人たちと会わねばならず、おまけにその翌朝にはイベント参加して大勢の人々の目に、てっぺんが真っ赤っ赤な情けない姿をさらさなければならない。
悲しいことに人より頭髪の薄いわたしには、てっぺんを隠す手段さえなかった。あせっても後の祭り。慣れないことをやるとやると裏目に出るという見本であった。
ちなみに地肌の色が抜け、人間に戻ったのは、それから五日ほど後のことだった。
恋は盲目
なんの因果か『るろ剣』にハマって約二十年ぶりに同人活動を再開し、そのためにやらかした失敗談なら山ほどあるが、なかでも最もバカらしいのが『テレカ事件』であろう。
忘れもしない、あれは劇場版『るろうに剣心・維新志士への鎮魂歌』のチケット前売りが始まった頃のことだった。どうせ買うならテレカつきチケットがイイなあ、と思い、あちらこちらの売り場を探し歩いた。ところがどこを探しても、あるのはポスターつきチケットばかりで、めざす品が見当たらない。訊くところによると広島では、その商品は取り扱われていないのだという。
「ない」と言われれば燃え上がるのが人情というか何というか。ちょうどその頃、仕事で東京へ出張するという友人がいたので、彼にチケットの購入を頼んだ。いかに何でも東京なら取り扱っているだろうと考えたワケだ。
さて。勘のいい方なら、ここで怪訝に思われるかも知れない。お察しの通り、この時わたしは映画館のチケットが全国共通だと思い込んでいたのである。ちょっと考えたら分かりそうなことではあるが、しかし映画館に足を運ぶのは年に一、二度あるかないか、しかも自腹を切って観たことなどほとんどなかったわたしには、目先のテレカに目がくらんでいたこともあって、思いもおよばなかったのだ。
さいわいにも折りよく冬コミに初参加することが決まり、わざわざ東京へ映画だけを観に行くという情けない顛末にはいたらなかったものの、もしそれがなかったら、そのチケットを使ったにしろ使わなかったにしろ、非常にバカ高いテレカになっていたのだと思うと、いま思い出してもおかしくてならない。
ま、盲目にもなれないようでは、恋もホンモノではあるまい。
ゾンビな日々
1+1の答えがわからなくなることがある。原稿の締め切りまぎわに何日間もブッ通しで半徹完徹を繰り返していると、ページ数あわせの簡単な足し算さえ電卓に頼らなければならなくなる。うそだと思う人はやってみたらよろしい。
アマチュアにしろプロにしろ、話の一本も書いたことのある人なら、一度や二度は経験する極限状態ではあるだろう。そういった修羅場と呼ばれる状況の中で、いままでで一番きびしかったのが『暁闇』でのラスト数日間だった。
もともとわたしは徹夜に強く、また睡眠時間が少なくても、わりと平気なほうなのだが、そのときは草稿が上がるまで眠ったり眠らなかったり(いや眠らなかったり眠らなかったり)がつづき、さらに締め切り前の四日間をほぼ徹夜で推敲とルビふりとページ数あわせと編集作業と最終チェックをやっていたらば、さすがに脳が酸欠になったらしく、足し算ができなくなってしまったのだ。
おまけに、どうやっても規定のページ数に足らず、ページ数かせぎのために、やむなく章扉をつけたはいいが、いかんせんレイアウトや文字の拡大率で延々と頭を抱えてしまい、なかば錯乱状態に陥ったところで締め切り日をむかえてしまった。
「Kさんっ! 間に合いませんっ!!」
『……は?』
「今日が原稿の締め切り日なのに間に合わないんですううぅぅぅぅっっ!!」
『……あのねえKUMAちゃん、そーゆーコトは、アタシじゃなくて印刷屋さんに言おうね』
〈K〉さんは、わたしが昔から(もちろん今でも)ずーっとファンだった作家さんである。もったいなくも古い友人のよしみで、わたしの同人活動をこと細かにご助力くださっている。せっぱつまって追いつめられたわたしのカラカラ頭では、苦しいときの〈K〉さん頼みで彼女に電話することしか思い浮かばなかったのだ。
そのあと印刷所に電話をして締め切り日を一日延ばしてもらい、ひさしぶりにチョット眠って翌日にはヒットポイント回復。なんとか原稿を仕上げることができた。入稿を終えて帰宅したわたしの形相がゾンビさながらだったとは、パンピーの友人〈R〉の弁である。
Kさん、そのせつはごめんなさいでした。
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