〈タカラブネ〉さんとの合同誌『きぬぎぬ』のおまけとして出したコピーのゲリラ本。
『きぬぎぬ』の続きだと思ってください。
紫煙
口づけは、いつも煙草の匂いがした。 この匂いが好きだと剣心は思う。 証明の落とされた座敷には、ふたりの漏らす吐息以外に息づくものはない。閉ざされた雨戸ごしに川面で立つかすかな波音が聞こえる。 大きな手のひらに頬を抱かれ、剣心はうっとりと目を閉じた。自分と同様に男は夜目が利く。閉じた瞼のむこうで顔を眺められている気配を感じた。 自分の腕の中にある無防備な面差しを見るのが彼は好きなようだった。白昼にあれば赤面する行為も薄闇のとばりがおりた世界では何の臆面もなく許すことができる。心ゆくまで眺めさせたのちに、唇をうすくひらいて口づけを誘う。ついばむような接吻は、じきに深く激しいものに変わった。 夜着の衿に手を忍ばせ男の胸に触れた。堅く絞られた筋肉が美しい輪郭を形作っている。指先でなぞり、吐息で触れる。唇で小さな突起をとらえたとき、彼はくすぐったそうに身じろぎした。 吐息で躰の線をたどり男の下肢へとうずくまった。彼が夜具に身を横たえるのを待って夜着の褄を開く。剣心が扱うのに、その姿勢のほうが楽なのを彼は心得ている。腕を枕にして自身の下肢を眺めているのは気配でわかった。 わざと湿った音を立てて舌を使い下肢を愛撫する。口中に含み、ゆっくり呑む。深く呑みこんで、ゆるやかに退く。咽の奥で脈打つ明確な鼓動が背筋をしびれさせていく。そんな行為だけで肌が熱をはらむ。 やがて男の手が剣心の前髪を引いた。意を察して身を起こし、男の腰を跨ぐ。触れ合った肌は熱い。 節くれだった男の指が剣心の夜着の裾を割った。大腿をつたって背後へとまわされた手が双丘の狭間に忍び入る。痛みの予感に震える肩を抱き寄せられ、男の胸に顔を伏せた。 「力を抜け」 口調は乱暴だったが背中をなでる手のひらはやさしい。剣心は小さく息を吐いて男の胸に体重を預けた。 指の侵入は、いつものように、ひどく慎重だった。浅いところで抽送をくりかえしながら少しずつ深みへと沈んでいく。何度躰を重ねても、この瞬間の苦痛だけはなくならない。反射的に緊張した躰を男の腕が抱いた。 「辛いか」 「いや、大丈夫……だ」 苦痛ではあっても耐えられないほどのものではない。じきに沸きあがってくる熱情が、それを凌駕するまでの痛みだ。 「く、ぅ……っ」 指が増やされた衝撃を浅い呼吸でやり過ごす。内部でうごめく指を意識で追う。焔(ほむら)が立つまでは、あと少し。 「さいとう……」 呼びかけに応えて彼は身を起こした。そのまま深い口づけを交わす。ふいに何かが苦痛を突き抜けた。 「は……っ」 指の動きにつれて痺れるような快感が背筋を走った。唇を交わすたびに下肢での快楽(けらく)が深まり自然に腰が揺らぐ。 さんざんに剣心を身悶えさせてから男は指を退いた。おなじ箇所へ今度はさらに熱いものが押しあてられた。 「んん……っ」 男の肩に頬を預けて熱情を受け入れる。一瞬の恐怖よりも最奥(さいおう)までいっぱいに満たされる充足が欲しい。 深く繋がったところで男は律動を刻みはじめた。 「あ、……あっ……あぁ」 熱い戦慄が何度も背筋を駆け上った。かすかな痛みの奥から熾(おき)のように愉悦の炎が揺れた。 「いい、……もっと」 潤んだ声での哀願が熱情に火をつけたのか、彼は夜具に身を倒し、剣心の腰を両手で掴むと大きく引き上げ引き落とした。 「ああああっ」 甘い蹂躙が執拗に最奥を押し開いては退いていく。男の胸についた両腕が衝撃でがくがくと震える。けれど崩れ落ちることは支える腕が許さない。せりあがってくる感覚に灼かれて四肢に細かい波立ちが走る。 律動の果てに頭の芯までとろけるほどの悦楽が湧き起こった。失墜の刹那、恐怖にも似た鋭い情感に背筋をつらぬかれ不安で身がすくむ。こわばりかけた肩を堅い抱擁が包んだ。たがいの頂点は、すぐそこまで来ていた。 斎藤の胸に頬を乗せ、流れる煙の行方を剣心は見ていた。身じろぐたびに房事の余韻が揺り起こされ、やわらかく背筋をなでていく。 「喫うか?」 ふと煙を吐きながら男は訊ねた。 「いや……」 剣心は半身を起こして斎藤の躰に被さり、彼の口もとから煙草を取り去った。いぶかしむ気配が煙の向こうから漂ってくる。 「煙草より、おまえのほうがいい」 言いながら男の頭を抱いた。 重ねた唇は苦い味がした。 |