誰でも一度は思いつく13話後の『入院』ネタです。
密着度は高いのですが、そーゆーシーンは、ありません。
『ちゅう』すらナイ…。
でもイチャイチャ(死語の世界)しています。
そーゆーのも好き。
手のひらの熱
ふとバーナビーは目醒めた。 白い壁。白い天井。薬品の臭い。そこは病院の一室だった。 ベッドの周りにはカーテンが引き回してあり、周囲は見えないが、自分の左隣のベッドには虎徹がいることは知っていた。 なぜ目醒めたのだろう。薬が効いていて、大きな痛みはない。夢見が悪かったわけでもない。何ごとか起こったのだろうか。 バーナビーは耳を澄ました。聞こえるのは微かな機械音と、自分の呼吸の音だけ。他には何も聞こえない。 そのときだった。細く小さな溜め息が聞こえた。まるで痛みを耐えるような。 バーナビーは、静かにベッドを降りて、カーテンの隙間から、隣の様子を窺った。虎徹の呼吸が少し乱れている。寝息ではなさそうだ。 「おじさん、起きているんですか?」 ささやくように呼びかけると、同じく囁きのような声が返ってきた。 「ああ、悪ぃなバニー、起こしたか?」 「いいえ」 嘘だ。おそらく虎徹の溜め息で覚醒を促されたに違いない。だが、それは黙っておいた。 「眠れないんですか?」 「いや、大丈夫だ。気にしないで寝てくれ」 ──── そうは言われても。 バーナビーは「入りますよ」と声をかけながら、虎徹のスペースのカーテンを引き開けた。 常夜灯が投げる薄明かりの他は光源のない病室で、彼の顔は、いつもより影が増して見えた。生気がなく、やつれているようだった。数時間前、閃光弾を手渡しに来たときには、さほども創痍を感じさせなかったのに、今の彼は、いまにも心臓の鼓動が止まってしまいそうに弱々しく見える。 事実、彼は死にかけたのだ。ICUに運ばれ、緊急手術を受けなければならないほどの重症を負いながら、絶対安静の身を押して、セブンマッチの会場に駆けつけてくれた。バーナビーの手助けをするために。 決戦がバーナビーの勝利に終わり、検査と治療のために運び込まれた病院で、虎徹は、また手術室へ直行となった。いったんは能力で傷を塞いだものの、それは表面だけで、内部の傷が開いたままだったというのだ。 なんて無茶をする。 彼は、いつもそうだった。思い込みだけで暴走し、まわりを巻き込んで、騒ぎをさらに拡大する。いい迷惑だと思ったことは何度もあった。 けれど、その熱さを好ましく思う自分がいることも否定できなかった。自分の傷よりも相手の傷を先に塞ごうとして、みっともなくあがく姿を笑うことはできなかった。 ジェイク・マルチネスを倒すことができたのも、彼の助力のおかげだった。ジェイクとヒーローズとのセブンマッチは、ジェイクの死亡で幕を閉じていた。長年の宿願が叶った瞬間だった。だが自分の力だけでは敵わなかっただろうと自嘲気味に思う。 そして、ジェイクの首に手をかけたとき、目がくらむほど強烈な殺意を覚えたにもかかわらず、感情の奔流に飲み込まれないで済んだのは、やはり虎徹のおかげだった。 彼の目は、バーナビーを見守っていた。包まれているような安心感があった。 あるいは感情のままに、私怨でジェイクを殺していたとしても、彼は責めなかったのではないかと思う。自分が、どの道を選んだとしても、彼は否定しなかったのではないかと今なら思える。 ヒーローとして崖っぷちにいるくせに、なぜか自分よりも有能な相手を子ども扱いする虎徹に、いつも苛立ちを覚えていたが、そのとき初めて、彼に、やっと大人として認められたような気がした。 ベッドに横たわる虎徹には、呼吸器はつけられていなかったが、何本もの点滴の針が、痛々しく腕に突き刺さっている。 「痛みますか? 薬が切れたんですね。ナースコールしましょう」 「いや、いい」 虎徹は辛そうに眉をひそめると、すこしだけ笑った。 「あんまし……見られたくねぇんだ」 「意地っ張りですね。でも、そんなところを頑張っても、カッコよくありませんよ」 バーナビーは、そばに立てかけてあったパイプ製の椅子を引き出し、ベッドの傍に置いて座った。 「ちょっと、いいですか?」 上掛けの隙間から手を入れ、虎徹の腹部を探る。病着の上からでも、手触りで、ガーゼや包帯で保護された患部が分かった。 「昔、お腹が痛かったときに、母が、こうやって撫でてくれたんです」 傷に障らないよう、触れるか触れないかの力加減で、時計回りに腹を撫でる。バーナビーの手のひらの下で、虎徹の体が、くにゃりと柔らかくなった。寄せられていた眉が開いていく。 彼は詰めていたらしい息をゆっくり吐き出した。 「気持ちいいよ、バニー」 呼吸が、すこし緩やかになる。そうとう痛かったに違いない。自分の手で誰かの痛みを止められるのだと思うと、心の奥が温かくなってくるようだった。 こういうことなのかな、とバーナビーは気づく。虎徹が自分を顧みずに、誰彼かまわず無節操に救おうとするのは、それで自分の何かが救われるからなのかもしれない。 「僕のことは気にしないで、眠かったら眠ってください」 「やさしいねぇバニちゃん。こんなにやさしくしてもらえるんなら、たまには怪我もしてみるもんだな」 「そんな冗談、笑えませんよ」 軽く睨むと、琥珀色の瞳が悪戯っぽく光った。 「生真面目だなぁ、バニーは」 彼は少し大きく息を吸って、吐いた。 「ああ、ありがとう。楽になった。眠れそうだ 。こんなことをおまえに教えてたなんて、いいお母さんだな。そういえば、おまえ、お母さん似だよな」 目の光は穏やかだ。まどろみのなかで、たゆたうように、彼は微笑した。 「子どもは親の背中を見て育つもんだ。おまえを見れば、どんな親だったか分かるよ。きっと真面目で、責任感があって、頑張り屋の、やさしいご両親だったんだろうな」 虎徹の言葉にバーナビーは息を呑む。 「ご両親は、おまえを誇りに思ってるよ」 バーナビーは泣きたくなった。いつのまにか手は止まり、ベッドに顔を伏せて泣いていた。 いつも迷いの中にいて、いつも何かに腹を立てていた。仇討ちの他には人生に何の価値も見出せず、けれど何の手がかりも掴めないまま、あがきながら二十年を走り抜けてきた。まるで陸地に打ち上げられて、干からびていく魚のように、絶望にまみれて死にかけていた。いま初めて冷涼な水の中に戻され、大きく深呼吸ができたような気がした。 「虎徹さん、僕は……両親の誇りになれたでしょうか?」 「ああ。俺が、おまえの親だったら、きっと、そう思う」 虎徹の手がバーナビーの頭を撫でる。温かい。彼は生きている。 よかった。 この人を喪わないでよかった。 この人まで喪わないで、ほんとうによかった。 気が抜けたのか、彼の体温が移ったのか、急激に眠気が襲ってきた。虎徹の手のひらの熱を髪に感じながら、バーナビーの意識は眠りの淵に落ちていった。 |