『夢で会えたら』の続編です。

誰でも一度は思いつく『ちゅう』ネタ。

いまのところ、ウチの兎虎は『相棒以上、恋人未満』。

いつ一歩を踏み出すかは不明です。


熱くなるまで待って

 





 バーナビーの家に泊まりに来た虎徹は、いつものように酒を呑みながら、いつも通りに床で眠りかけている。

「おじさん、眠るのなら、ベッドで寝てください」

「んー、分かった」

 声や仕草で、もう半分眠っているのが分かる。どうせ起きないのは分かっているので、いつものように横抱きに抱き上げて、ゲストルームのベッドへと運ぶ。

 不思議なもので、同じ体重でも、意識のある者と、ない者では、重さが違う。赤ん坊ですら、眠ったとたんに、ずっしりと重くなる。 彼の場合は、熟睡しているわけではないから、正体を失っている者ほどは重くない。ただ、寝入る寸前の、ちょっと高くなった体温が、触れる者に、なんとなく愛しさを覚えさせる。

 ベッドに寝かせると、虎徹は、くすくす笑いながら、小さく背伸びをした。

 半睡半覚の彼は、常にない媚態を見せる。通り名はワイルドタイガーだが、虎というよりは猫のようだ。

「お休みなさい、おじさん」

 バーナビーは身をかがめて虎徹の唇にキスをした。はじめは軽く、だんだんに深く。

 初めて唇を交わしたのは、やはり虎徹が寝ぼけていたときで、ほとんど酔った勢いだった。だが翌朝、彼は、それをぜんぜん憶えていないらしかった。それ以後、何度か寝入り端や酔いつぶれたときにキスを仕掛けてみたが、いまのところ彼が翌朝に記憶を持ち越すことはなかった。

 それをいいことに、バーナビーは、こんなタイミングを見計らっては、もう何度も彼にキスをしている。

 なぜ、そうしたいのかは自分でも分からなかった。強いていえば、そこにある種の快感があるからだとは思うが、それが、どういう快感なのかが分からない。

 いちおう了承は得ているものの、眠りかけている、あるいは酔いつぶれる寸前のところで、当人の明瞭な承諾もなく行われる密やかな行為は、とても背徳的だと思う。いささか後ろめたくもある。けれど、やめられない。

「う……ん……」

 虎徹の腕がバーナビーの背に回された。熱い手に背中を撫でられ、抱きしめられると、幸福感に似たものが胸に満ちてくる。後ろ髪を指でもてあそばれると、くすぐったさで首筋が逆立った。

 そろそろ止めないと虎徹が目を醒ますかもしれない。でも、あと少し。

 もう、ちょっとだけ……。

 ドキドキしながら舌先を食んでいると、ふいに虎徹の指がバーナビーの腕に食い込んだ。体を起こして身を離し、彼の顔を見ると、音がしそうなくらい明確に視線が合った。

 ──── しまった!

 一瞬でバーナビーはシラを切り通す決意を固めた。それも全力で。

「どうしたんですか?」

「あの、ええと、今………今のは」

「『お休みのキス』じゃないですか」

「でもでも、どう考えても『お休み』レベルじゃ……」

「あなた、憶えてないんですか?」

「へ?」

「あなたが、『してくれ』って、ねだったから、しているんじゃないですか」

「おっおおおっおれ!? おれなの!?」

 違います。おじさん、ごめんなさい。

 虎徹は赤くなったり青くなったりしながら、しどろもどろで訳の分からないことをしゃべりつづけている。

 ちょっと、いい気味だったりする。つい畳み込んでしまいたくなる。

「ひょっとして、ぜんぜん憶えていないんですか? こんなの今日に始まったことじゃないですよ。もうずっと前からしてました。もちろん、あなたのご要望で」

「ええええええーっ!? そうなの!? そうなんだ。おれって、おれって最低」

 ガリガリ頭を掻きながら彼は嘆いた。こんなに簡単に引っかかってくれるなんて、驚きを通り越して感激してしまう。

「呆れましたね。いいかげんな人だとは思っていましたけど、まさか、そこまでとは思っていませんでしたよ」

 立ち上がり、上から目線で眺め降ろす。

「わぁバーナビーくん、ごめん。ごめんなさい」

「分かりました。そんなに言うのなら『ごめんなさい』のキスで手を打ちます」

「は?」

「いままで、あなたのリクエストに応えてきたんですから、たまには、きいてもらってもいいでしょう?」

「ええっと、ええっと」

 混乱している虎徹の胸を指先でトンと突く。彼は拍子抜けするくらいに抵抗なく、あっけなくベッドへと倒れた。

「うわっ!? ちょちょちょ、ちょっと待って、バニー」

「バニーじゃなく、バーナビーです。待ちません」

 腕を掴み、のしかかって全身で押さえつけると、観念したのか、彼はおとなしくなった。

「ううー、お手柔らかに、お願いします」

 涙目になっている。大人の余裕と色気たっぷりの寝惚けモードにはない可愛らしさだ。十以上も歳上の大の男に可愛いとは、いかがなものかと思わないでもなかったが、これはヤバイ。いろいろとヤバイ。相当にヤバイ。

 バーナビーは、ちゅ、と音を立てて虎徹の額にキスした。それまで固まっていた虎徹が「なんだ、おでこだったの」と言わんばかりに力を抜いた。

「『ごめんなさい』は?」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 おずおずと見上げてくる琥珀色の目を見つめて、唇の端を吊り上げる。

「じゃあ、つぎは、こんどこそ『お休み』のキスで」

 虎徹は「ひえぇ」と、素っ頓狂な声を上げた。バーナビーは、彼が次の言葉を発する前に、その声なき声を舌で咽奥に押し込んだ。



 

 

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