『さかがり』とゆー漢字があります。酉偏に凶と書きます。

酒に酔って乱れ狂うコトです。

パソコンが認識してくれなかったので、ひらがなで…。

このCPに需要があるのか疑問ですが、でも書いてて楽しかったから、いいの。


電気仕掛けの竜は さかがりに涙を流す  一

 

 先日、件の古城で出会った青年の素性が知れた。小柄ではあるものの、かなり目立つ容姿をしていたから、なんとか探し当てられるのではないかと思っていたが、幸運にもドラゴン探しを担当していたスタッフの中に、彼を見知った者がいたのである。どうやって調べたのか名前と住所、そして簡単なプロフィールと電話番号。ラングのスタッフは、みんな腕利きぞろいだった。

 時代の流れが不穏になる前から、ラングは多方面に友人知人を多く持っていた。それは気持ちよく映画を作るのに必要な処世術だったが、最終的には保身のためである。用心するに足る迫害をラングの一族は長きに渡って受けている。

 それら知人の言によると、彼はハウスホーファーの周辺を嗅ぎまわっているらしいとのことだった。断定するには、まだ情報が足りないが、おそらく彼がハウスホーファーとトゥーレ協会に興味以上のものを持っていることだけは推察できた。

 ──── このカードは使えるか、それとも使えないか。

 まずは彼を知っておきたい。

 状況を勝手に掻き回されては堪らないし、うまく手駒にできれば、それにこしたことはない。使える人物ならスカウトしてもよかった。あとは本人に訊くのが手っ取り早いだろう。

 ラングは受話器を取り、交換手の型どおりの挨拶を聞きながら、手にしたメモに目を走らせ、そこに書いてある電話番号を告げた。






 数時間後、かの青年は撮影所を訪ねてきた。明るい場所で見る彼は、驚くほど綺麗な顔立ちをしていた。物憂い美貌は男性というより中性的な印象を人に与えると思われた。

「なぁるほどね、この出来じゃあ、本物のドラゴンを撮影に使いたくもなるよな」

 彼、エドワードは作り物のドラゴンの背を叩きながら忌憚なく言った。

「それでも、あれを目にしたおかげで、ずいぶん良くなったよ」

 指を鳴らしてスタッフに合図をすると、電気仕掛けのドラゴンは、騒々しく音を立てながら頭を上下させ、手足と尻尾を動かした。

 ドタバタと動くドラゴンを横目に見ながら、彼は新聞を放り投げてきた。ラングの記事が載っている新聞だった。

「ドクトル・マブゼってのは、あんたが撮った映画らしいな」

「ちょっとした茶目っ気でね。フリッツ・ラングだ。よろしく」

 初めてエドワードと出会ったときに、ラングは自分を『マブゼ』と名乗った。彼は彼でラングを調べたらしい。牽制のつもりなのだろう。猜疑の色を隠そうともしないで睨みつけてくる。面白くなりそうだ、とラングは思う。

 ラングは空いているセットへエドワードを導いた。撮影現場を案内しながら横断したとき、彼は周囲に何の関心も見せなかった。初めてここを訪れる者は、そうそう目にすることのないセットや、きらびやかな衣装で着飾った俳優たち、あるいは大道具や小道具などに度肝を抜かれ、多かれ少なかれ物怖じするか、好奇心に目を輝かせるかのどちらかだったが、彼は、そのどちらとも違っていた。彼の目には、人生に疲れた老人にも似た諦念のようなものがあった。

 おや? と思う。あの夜に見た彼は、そんなに冷めた人物には見えなかったのだ。

 セットの一角に作ってある庭園へ彼を案内し、偽物の庭に作られたテーブルセットに身を落ち着けた。エドワードは椅子の背に上着をかけてから座った。何気ない動作だが隙のない身のこなしだった。座っているときの姿勢もいい。車を襲撃されたときにも感じたが、武道をやっている者の動きだとラングは思った。

「それで、話って?」

 ラングは鞄から一冊の本を取り出しテーブルに置いた。

「カール・ハウスホーファー少将の本だ」

 テーブルの上の本を滑らせ青年のほうに差し出す。

「彼と会ったのは大日本帝国という島国でね。この国は変わったことに、単一民族で、一つの国を支配しているとか。だが、ドイツ民族は、このドイツだけに暮らしているわけではない。ポーランド、オーストリア、そのほか多くの国に散らばっている。それらの国を統一し、ドイツ民族だけの国家を作る…そんなことが書いてある」

「興味ないな」

 彼は本を手に取り、すぐにテーブルに戻した。

「もうひとつ、シャンバラ。これは、東洋の伝説にある理想郷だが、そこを支配するものは世界を支配できると言われている。彼らはそれを信じている」

「あんたは、どう思う」

 エドワードは探るような目でラングを見た。ラングがどこまで知っているのかをほんとうに探りたいのだろう。

 じつのところラングは、かなりの事情を知っていた。

 ハウスホーファーとトゥーレ協会との関係、そして計画。

 ナチスの武装蜂起。

 協会の計画が成功すれば、ナチ党の台頭が確実になる。それはラングを含めたユダヤ民族に、ありがたくないことだった。

 最終的に自分の身を守るのは、ダイヤでも金でもなく情報だということをラングは早くから覚っていた。ラングもまた、エドワードがどこまで知っているのかを探りたかった。これでは、まるで恋の駆け引きのようだ。

「これが何か分かるかね」

 言いながらラングは写真を取り出した。協会内部の知人から、ずっと以前に手に入れたものだ。

「これは…」

 青年の目が瞠られた。穴が開くほど写真を凝視する。

「トゥーレ協会は国家社会主義労働者党、通称ナチスと呼ばれる政党の創設に助力し、今もこの政党に強い影響力を持っている」

「ナチス?」

「ナチスは十一月某日に大規模な闘争を開始する予定とか。むろん、わずかな兵力で蜂起したところでベルリンの本隊に鎮圧されるだけだといわれている。だが、トゥーレ協会はフューラーと呼ばれる指導者に勝利を約束した。その証しとして見せたものが、それだ」

 ラングは指先でもてあそんでいた角砂糖をティーカップに落とした。角砂糖は小さな泡を上げながら溶けて小さくなっていく。

「強力な爆弾だそうだね。それも、この世界では、だれも考えたこともないような…。ハウスホーファーたちは自分に予算と力を与えてくれれば、このような素晴らしい力を次々に扉の向こうから持ってくると言ったそうだ」

「あっちの世界を武装蜂起に使う?」

 エドワードは急に立ち上がった。

「『あっちの世界』とは……。きみはシャンバラを知っているのか?」

「あれは理想郷なんかじゃない。それだけは知ってる」

「で、どうするつもりだ?」

「決まってる。阻止するさ。彼らにこれ以上、門を開かせるわけにはいかない!」

 彼は傍目にも明らかなほど激昂し、手のひらでテーブルを叩いた。何もかもをあきらめた老人のようだった目が一瞬にして剣呑に炯る。まるで別人のようだった。枯れた様子は見せかけなのだ。そう思うとラングは嬉しくなった。

「放っておけ。それを言いたくてきみを呼んだんだ。戦争をしたいやつにはさせておけばいい。それより、わたしの仕事に協力を…」

「あんたは、なんのつもりでナチスを調べていた?」

「わたしの妻はナチス総統ヒトラーの熱狂的な信奉者でね、彼女を通じて、ナチスへの協力を何度も打診された。だが、わたしは、彼らが排斥しようとしているユダヤ人だ。どうせ利用されて捨てられる。そんな下らん現実に興味はない」

「夢の中を生きる振りをして、ほんとうは怖いんだろう。夢が現実に侵されるのが」

 エドワードはかぶりを振り、上着を手にすると、あっという間に走り去った。

 ラングが考えていた以上に、彼は計画に関係しているようだった。しかも計画には反対のようだ。ちょうどいい。こちらの持っている情報は流した。これで彼が、どう動くかを見てみよう。

 ──── さて、つぎは、どう出たものかな。

 ラングは、考えを巡らせながら、紅茶の残りを飲み干した。






 夕刻、ラングが帰宅しようとしていたところへエドワードが再び顔を見せた。予想外の展開に面食らいながらも、ラングは、さあらぬ態を装った。

「どうしたね? わたしの話に乗る気になったのかな」

「オレも……あんたに訊きたいことがある」

 彼は不機嫌そうな顔でラングを睨み上げた。

「いいよ。わたしが知っていることなら何でも話そう。運転を頼んでもいいかね」

 車を指差しながら言うと、彼は小さく頷いた。

 撮影所から遠くないところにラングは隠れ家を持っていた。名目は『倉庫』兼『資料館』だったが、使う者はラングよりほかはなく、ほぼ私邸になっている。ラングは撮影所から隠れ家に車を乗り付けさせた。

 撮影所を出たのは、あたりが静かに暮れ行く夕暮れだった。黄昏の往還は他に人通りも車も少なく、石畳には街灯の細長い影が、たよりなく落ちている。高い壁に囲まれた邸宅は「これが隠れ家なんて、ささやかなもんかよ」とエドワードを毒づかせた。

「まあ、くつろいでくれたまえ」

 コートを脱ぎ、居間の暖炉の火を掻き立てながらラングは言った。エドワードは心もとなさそうにコートの襟元を握りしめたまま突っ立っていた。背後に回ってコートを脱ぐように促すと、彼は不安そうな目でラングを見上げ、ゆっくりコートを脱いだ。ハウスキーパーのハイネマン夫人がワゴンに軽食とワインを乗せて運んでくると、彼は「…奥さん?」と声をひそめて訊いてきた。

「違うよ。彼女はハイネマン夫人といって通いのハウスキーパーだよ。妻は、もっと若い。…とはいえ妻は脚本家として映画作りの仲間だが、もうずっと夫婦ではないんだ。一緒には住んでない」

 妻がナチスに傾倒してから夫婦仲に距離ができた。だが、ひょっとしたら映画一辺倒で家庭を顧みなかった夫に不満があって妻はナチスに傾倒したのか。どちらにしても一度できてしまった溝は埋めがたいものがある。

 暖炉の傍のソファにエドワードを座らせ、テーブルを挟んで向かい合わせに座る。彼は用心深げに、グラスに注いだワインの匂いを嗅いだ。

「嫌いかな? 駄目なら別のものに替えるが」

「あ、……いや、これで」

「それならよかった。それで『訊きたいこと』とは?」

 促すと、彼は伏せていた目を上げた。

「あんたは、なんでオレに声をかけた? 口では手を退くようにと言いながら、まるでオレを炊きつけてるみたいだった。なにか思惑があるのか?」

 ほう、とラングは思う。頭が悪いわけではないらしい。

「悪かったね。きみを試したんだ。きみの考えを知りたくてね」

「ふぅん。それで?」

「そうだね。わたしは自分に損になることはやらない。そのかわり、利益になることなら、手助けも惜しまないよ。すくなくとも、きみの敵ではない」

「…味方でもない」

「手厳しいな」

「じゃあ、仕事に協力しろって言ったのも、芝居か?」

「芝居でもないな。半分は本気だ」

「半分?」

「きみが、ほんとうに、わたしの仕事に協力してくれたら嬉しいよ」

「なんで、そう思うんだ? オレのことなんて、たいして知らないくせに。なんの役にも立たないかもしれないのに」

 力なげに彼はつぶやいた。

「そうだな…、一目ぼれ、ってヤツかな」

 もちろん変な意味ではなく、とラングが言おうとする前に、エドワードは口を開いた。

「なんだ、そんなことか。まぁ、オレはいいけど…でもオレ、こんな身体だからさ、丸太だぜ」

 なにをどう解釈したのか、言いながら彼は、ラングに向かって右手を差し伸べてきた。内心の驚きを隠して、平然とした顔で促されるままに手をとると、白い手袋に包まれた彼の手は、見かけのやわらかそうな動きに反して固く冷たい手触りをしていた。明らかに義手だった。

「肩の付け根からないんだ。左足も膝の上から義足だぜ」

 手を引きながら、少し挑発的に睨み上げてくる。琥珀色の瞳に火が灯っているように見える。

 そんなつもりはなかったが、こうなると、わざわざ誤解を解くのもどうかと思える。彼に対する興味もあった。乗ってみるのも悪くないだろう。

「映画人の探究心を甘く見ないほうがいい」

 言いながらラングは、エドワードの左手をすくい上げた。そのまま手の甲に唇で触れる。唇より先に口ひげと吐息が触れたのだろう。くすぐったかったのか、彼はかすかに身じろいだ。

「悪趣味だな、あんた」

 ラングの視線をよけながら彼は言った。 



 

 

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