電気仕掛けの竜は さかがりに涙を流す  三

 

 始めのうちは、唇を重ねるたびに、なぜか彼は、ぎゅっと歯を食いしばっていた。嫌がっているのかと思ったが、逃げないところを見ると、そうでもないらしい。指の背で頬をくすぐっていると、しだいに顎がゆるんでいった。

 うっすらと汗の浮いた肌を抱きしめ、何度も唇を交わす。さきほどまで冷たい固まりだったものが、濡れた吐息とともにゆるゆると解けて、ほころんでいく。

 熱が上がることで敏感になった身体をもてあましているのか、エドワードは時おりラングから逃げようと身をよじった。指をかんでいるのは声を上げるのを懼れているためだろう。無意識の反応だろうが、そんな所作が相手の劣情をそそるということに彼は気づいていない。

「手は、ここだよ」

 エドワードの左手をとって、指にキスしてから、自分の首にまわさせた。彼は従順にラングの首を抱いた。彼の指が後ろ髪をまさぐるのを心地よく感じながら、素肌に唇を落とす。細い首筋を舌でなぞり、手のひらで肩から胸をなで、ちいさな突起を指の腹で押しつぶすようにもみあげると、彼の吐く息は、しだいに甘くなり、熱いあえぎへと変わっていった。

「…は…あ…あぁ」

 エドワードの指が、力なくラングの背を掻く。可愛い、と思う。

 淡い照明に浮かぶ皙い肢体は若々しく、見事に均整が取れていた。よく鍛えてある身体だった。だが右肩と左脚のところで急に視覚を裏切る映像が始まる。

 膝の少し上から脚がなく、切断面には腕と同じように機械の部品が深々と埋め込まれている。陽にさらされていない大腿は、ぬめるように皙く、機械部分との色の対比に痛々しさを覚える。

 けれど不思議なことに、そのアンバランスさは、いささかも彼の魅力を損なっていない。職業柄、美しい若者は何人も見ている。だが彼らの美しさと彼のそれは質が違う。彼の美しさはアンバランスな頼りなさから生まれるものだった。彼が強がれば強がるほど、その危うさが際立つのだ。

 腰から脚の稜線をそっとなぞると、エドワードの全身に細かい波立ちが走った。背後のくぼみに触れると、彼は急に身を強張らせた。

「いやかね?」

「いやじゃ…ない」

「では、力を抜いてごらん」

「もう、抜いてる」

「そうかな?」

「あっ、んぅ……」

 力の抜き方を知らないのかもしれない。自分が力んでいることを自覚できない者は、実は少なくないのだ。

「息を止めてはダメだよ」

「だっ…て、止まる…」

「緊張しているからだよ。息をゆっくり吐いて。ゆっくり吸う。…そうそう」

 呼吸の合間を縫って、静かに指を沈めた。唇にいくつもキスを落として宥めながら、ゆっくり指を動かす。

「あ…マブゼ………」

「うん?」

「う……ん……」

 うわごとのようにラングの名を呼ぶ。あえぎにまじって切なげな高い声がこぼれはじめた。

 いい声だ。もっと啼かせたいと思う。

 こういった触れ合いに、さほど感動しない性質だと自分で思っていたが、そうでもなさそうだとラングは思い直した。






 ──── さて。どうしたものか。

 酔ったはずみで、『親子ほど』とはいわないが、『親子に近いほど』歳の違う青年と関係を持ってしまった。

 しかも、自分が溺れそうだ。

 翌朝、眠っているエドワードを起こさないように階下に下り、身支度をしながらラングは途方にくれた。

 いや、酔ったはずみだったのは、そもそも彼のほうではないか。

 だが内心では動揺しながらも、エドワードが身支度を整えて居間に入ってきたときには、平然とした態度で新聞を読む振りをしていた。

 昨夜の記憶があるのかないのか、エドワードはラングのよく知る物憂い面持ちだった。

「お早う」

「あ、ああ、お早う」

「キッチンに朝食を用意してあるが、食べるかね?」

「いや、いい。ちょっと用があるから、もう帰るよ」

 彼はコートを取り、躊躇するように口を開いた。

「……あのさ、映画監督って、みんな、……あんたみたいなのか?」

「うん?」

「人を乗せるの上手いよな。いい気分になっちまう」

「それは……光栄だね」

「また、ここに来てもいいかな?」

「いいよ。ハイネマン夫人に言っておくから、いつでもおいで」

「ありがと。気になるタイトルの本がいっぱいあったから、こんど読みにくるよ」

 彼は、はにかんだような微笑を浮かべてそう言うと、優雅に身を翻して部屋を出て行った。

 ラングは彼が出て行く足音を耳で追い、玄関のドアが閉まった音で我に返った。

 いっぺんに力が抜けて、椅子の上を体が滑りかける。

 あの混乱のさなかに、彼は本棚の本の背表紙を見ていたのか。

 映画人の観察眼どころの騒ぎではない。

 ──── これは勝てんな。

 あんな若造に、いいように振り回されて、遊ばれた気分だ。

 だが悪い気はしなかった。

 彼を助けたいと思うのは、自分の利益というだけが理由ではなくなっていた。

 年甲斐もない。だが、まだ老い枯れるには早すぎる。

 ラングは自分の馬鹿さ加減が嬉しくなった。笑いを噛み殺しながら新聞を放り出す。

 笑いの発作は長いこと止まらなかった。



 

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