『電気仕掛けの竜は さかがりに涙を流す』の続編です。

イチャイチャしているだけのお話です。

わたしは書いてて楽しかったのですが、

賛同してくださる方がいらっしゃるかどうかはナゾです。


電気仕掛けの竜は 夢寐(むび)に故郷を見る  一

 

 ラングが隠れ家に帰ってきたときには、すでにエドワードが来ていた。ハウスキーパーのハイネマン夫人の話では、昼過ぎにここに来て、それからずっと居間の本棚の本を読みふけっているようだった。彼女が出したお茶も茶菓子もそのままに、何時間も座り込んでいるらしい。

 ラングの友人たちは風変わりな者が多く、それらの扱いを心得ている夫人は、エドワードのことも上手に扱っていた。彼の邪魔をせず、好きにさせて、ときおり覗いては様子を伺っていたようだ。ラングは夫人に礼を言って帰らせ、居間に入った。

 エドワードは暖炉の傍のソファにいた。クッションに埋もれ、猫のように丸くなって眠っている。本を読みすぎて疲れたのだろう。読書には、けっこうな体力と集中力が要るのだ。ラングは自分のコートを脱いで、眠るエドワードにかけた。

「ありがと…」

 彼は目を閉じたまま、やわらかく微笑した。起きていたのかと思ったが、呼吸は規則正しい寝息のリズムだ。寝言だったのだ。

 このところ、急に冷え込む日が多くなった。とくに陽が落ちると目立って気温が下がる。暖炉の火を掻き立てて薪を足し、部屋を暖めてから、ラングはエドワードが眠るソファの足もとに座った。

 ときおり薪の爆ぜる音がするほかは、室内は静かで、青年のかすかな寝息がひそやかに続くだけだ。ぼんやりと、暖炉の炎の灯りで陰影を深められた彼の顔を眺める。やわらかな金糸の髪に縁取られた白磁の額。整った鼻梁が通った先に、うすく開かれた形のいい唇がある。閉じられた瞼の奥には、琥珀色の瞳。睫毛は思いのほか長い。

 テーブルの上にはトレイがあり、ティーカップと、ティーコゼーをかぶせられたポット、クッキーやビスケットが並べられた小皿がセットされていた。しかし手をつけた様子はなかった。昼過ぎから飲まず食わずで一心に本を読んでいたようだ。

 起こして何か食べさせたほうが良いなとは思ったが、あまりにもいとけなく無防備な寝顔を見ていると、起こすには、しのびない。どうしようか考えていると、ふいにエドワードが微笑んだ。とても嬉しそうな笑顔だった。いい夢を見ているのだろう。これはもう起こせない。

 ラングが小さくため息をついたとき、とうとつにエドワードは目を開いた。視線が合う。彼は大きく見開いた目で、しばらくラングを凝視したあと、いつもの仏頂面に戻った。

「なに見てんだ」

「きみの寝顔を」

「相変わらず悪趣味だな」

 言いながら彼は身を起こした。自分にかけられたコートが誰の物であるかに気づいて、ばつが悪そうに礼を言う。

「ひどいこと言って、ごめん。いやな夢を見てたから」

「いやな夢?」

「ああ、悪夢だ。よく見るんだ」

「悪夢? はて。とても幸せそうに笑っていたよ」

「……オレそんな顔してたんだ。最悪だな」

 彼は立ち上がろうとして、そのまましゃがみこんだ。

「クラクラする…」

「お腹が空いているんだろう。キッチンに食事の支度がしてあるはずだから、行こう」

 ラングはエドワードに手を伸べた。彼は素直にラングの手をとった。






 キッチンのテーブルの上に、ありあわせのものを並べて食事をとった。ハイネマン夫人には、いつも夕食と、翌日の朝食の準備をしてもらっているので、食べるものには事欠かない。エドワードは興奮しているらしく、出された料理をせわしなく食べていた。

「すごいな、あんたんとこの本棚。ヤバい本がいっぱいある」

「収穫はあったかね?」

「ああ、面白かった。あんたは、あれをぜんぶ読んだのか?」

「まあね」

「ほんとにすごいな」

 彼は、頬を上気させて本について語った。よい書物との出会いは、親友を得るに等しい。偏屈なラングにとっても、本はよい友人だった。

 食事が終わっても、しばらく本の内容について語り合い、居間に戻って、また語り合った。そのうちに話題は、映画の話になったり、彼の故郷の話になったりした。

 彼の故郷は東洋の伝説に語られる理想郷『シャンバラ』だ。もっとも、ハウスホーファーやトゥーレ協会らの考える夢の都市とは違って、ごく普通の町だと彼は言う。ただし、その世界は科学技術よりも錬金術の発達した世界であり、義肢なども、こちらの世界より、よほど優れているようだった。

 彼の故郷での話を聞くのがラングは好きだった。

 トレインジャック犯を錬金術でやっつけた話。

 水上都市で繰り広げられた女義賊との河川上の対決。

 母親を生き返らせようとして禁忌を犯し、手足を失った件は、夢の暗部を見せつけられたようで、何度聞いても胸が詰まった。

「きみを主人公にして、きみの映画を撮りたいな。きっと素晴らしい作品になる」

「………馬鹿らしい。そんなの観たがるやつがいるわけない」

「そうか? わたしは観たいよ。そして、スクリーンに映るきみを見て、また、きみに恋をするんだ」

「……あんた、頭が腐ってるんじゃねぇのか」

「ひどいな。映画人は意外と繊細なんだよ。傷つくじゃないか」

 含み笑いをしながら言うと、エドワードは頬を赤らめて、そっぽを向いた。


 

 

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