『電気仕掛けの竜は さかがりに涙を流す』

『電気仕掛けの竜は 夢寐に故郷を見る』

の続編です。

いちおう三部作の完結編です。


電気仕掛けの竜は 暁(あかつき)に愛をささやく  一

 

 エドワードが撮影所に弟を連れてきた。兄よりも暗いブロンドの髪と、琥珀よりも色濃い蜂蜜色の瞳をしていた。兄弟といわれたら確かに似ているとは思うが、タイプは全く違って見えた。兄とは、また違った意味で華があった。見栄えの良い兄に見劣りすることもなく、二人が並んでいると、かなり派手に目立つ。

「ほう。これが噂の弟君だね」

「アルフォンスです。兄がお世話になったそうで」

 大きな瞳を好奇心で輝かせながらアルフォンスは言った。

「わたしは今、手が離せないから、だれか別の者に案内させよう」

「いや、すぐ帰るから…」

「ええ? 兄さん、ボク見たいよ」

「迷惑だから…」

「遠慮することはない。楽しんでおいで。あとで話そう」

 スタッフの一人を案内につけて送り出した。エドワードは顔に戸惑いの表情を浮かべたまま、はしゃぐアルフォンスの後について行った。






 数日前に、あの日の顛末をエドワードから聞かされた。

 あの日、シャンバラへの扉が開き、彼は故郷へ帰ることができた。

 そこで彼は義肢を機械鎧に換え、協会の計画を打ち砕き、弟を伴って、こちらへ戻ってきた。

 そして、二度とシャンバラへの道が通じないようにと門を壊した。

 また、その日に、彼の父と、彼の友人が亡くなった。協会の計画に、やはりシャンバラ出身の彼の父が関わっていたことを、そのときに知った。彼の父は、エドワードを故郷に返すために協会を利用しようとしたが、逆に利用されて命を落としたのだそうだ。もっと早くにそのことを知っていれば、あるいは助けられたかもしれないと思うと、ラングは胸が痛んだ。

 夕刻に仕事を終えたラングは、兄弟を連れて隠れ家に戻った。食事を振る舞い、二人の話を楽しく聞いた。

 アルフォンスは人懐っこく、物怖じしない明るい性格のようだった。十三歳というが、もっと大人びていると思われた。長く辛い道のりが、彼を大人にしたのかもしれない。

 それにしても、とラングは思う。見るほどに見栄えのいい兄弟ではある。二人が仲良く会話しているのを見ると、まるで血統のよい二匹の子猫がじゃれあっているかのようだった。撮りたいと思ったが、以前にもエドワードにすげなく断られているので、それは言わないでおくことにした。

 二人には、それぞれに客室をあてがい、何でも自由に使っていいと言って、深夜前には寝室に下がった。






 なかなか寝付けずにベッドで本を読んでいたラングは、深夜をずいぶん過ぎたところで目に疲れを感じた。こめかみを押さえて一息ついたとき、ドアを小さくノックする音が聞こえた。眠っていたら気づかなかっただろう程度の控えめなノックに、相手の気遣いを感じる。ラングはベッドから降りてドアに歩み寄り、静かにドアを開いた。

 そこにいたのは、やはりエドワードだった。客用の部屋着にガウンを羽織っている。小柄な彼が着ると、いかにも借り着らしく服の中で身体が泳いでいる。

 彼は遠慮がちにラングを仰ぎ見た。

「ごめん。寝てた?」

「いや、起きていたよ。本を読んでいた」

 身振りで入室を促すと、ドアの細い隙間から、猫のように身をしならせて彼は入ってきた。

「アルは、ときどき夜中に起きることがあって、オレがいなかったら心配するんだ。だから………キスだけ」

「キスだけ?」

「キスだけ」

 ではキスだけで、と囁いて、ラングはエドワードに口づけた。最初は軽く済ませるつもりだったが、つい悪戯心が動いて、舌で口中を探っているうちに、うっかり興が乗ってしまった。しまったと思ったときには歯止めが効かなくなっていた。逃げようとする身体を壁際に追い詰め、しっかり抱きしめて執拗に唇を交わす。そうこうするうちにエドワードの腕が、すがるようにラングにしがみついた。

 ふいにエドワードの腰が砕けた。

「……ひど…い、こんな……」

「すまない。やめられなくて」

 いつもより濃厚な口づけに、彼は甘く喘いだ。膝が笑っている。

「も………、だ…め。…どうしよう、我慢…できない」

「続きはここで? それともベッドで?」

 耳元で尋ねると、彼は何も言わずにラングの首を引き寄せ、唇を塞いだ。






 壁際で愛し合い、それでは飽き足らずにベッドまで移動して、また愛し合った。エドワードは指を噛んで声を殺していたが、いつもより感じやすくなっているようで、ちょっとした刺激にも敏感に反応した。部屋の外に声が漏れ、万が一にも弟の耳に入るのを懼れているのだろう。隠れ家の造りはしっかりしているので、そんな心配は無用だったのだが、懸命に声を忍んで身悶えるさまが、あまりにも悩ましく、まぁこのままでもいいかとラングは思った。

 激しく上下する胸を抱いて、彼の唇にキスをする。彼は苦しい息の下でキスに応えた。初めて触れ合ったときには、まるで強姦しているような気分にさせられたが、今では互いに愉しめるようになってきた。

「とても、いいよ」

「う……ん」

 エドワードは陶然とした表情でラングを見た。うるんだ瞳が艶めかしく光る。

 めずらしい金色の瞳。

 初めて出会ったときに、奇妙に惹きつけられたのを今でも憶えている。ひょっとしたら、あのときからすでに、彼の虜になっていたのかもしれないとラングは思う。ふたたび腰を揺すると、ついに彼の口から泣き声が上がった。ラングはエドワードの唇を口づけで塞ぎ、絶頂のあえぎを舌で絡めとった。


 

 

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