誰でも一度は思いつく記憶喪失ネタのインサイド・ストーリーです。

密着度は高いのですが、そーゆーシーンは、ありません。

自分で書いといて何なんですが、

この設定は燃える…。

『ひらがな』で喋るバニが可愛すぎる…。

なお、シィン医師、ラランジャ、ク・マールはオリジナル・キャラクターです。

そーゆーの、苦手な方は、ご注意ください。


キッチン戦線 異状なし 二

 


 サンルームにテーブルをセッティングして、そこで皆で昼食をとった。ドクター・シィンは虎徹より少しだけ年嵩で、アングロサクソン系の男性だった。やはりワケありセレブ専門の医師である。彼は黄色いレンズの嵌った眼鏡の奥から、いつも穏やかな目で周囲を見る人物だった。何をしに来る人なのかバーナビーには分からなかったが、バーナビーは彼も好きだった。

 右手の包帯のせいでフォークを持てないバーナビーは、虎徹に給仕してもらっていた。

「ほら、バニー。あーんして、あーん」

 バーナビーは素直に口を開けた。スパゲティを巻きつけたフォークが、そっと口に運ばれる。

「美味いか?」

「ふぁい」

 虎徹は嬉しそうだった。ドクター・シィンもラランジャもク・マールも、口々にバーナビーの成果を褒めてくれた。スパゲティもサラダも、そして、あらかじめデザートに用意されていたミントのシャーベットも美味しかった。料理って、大変だけど、楽しくて美味しい、とバーナビーは満足だった。





 昼食の後、バーナビーは書斎でドクター・シィンの診察を受けた。もっともバーナビーは診察だとは思っていない。だいたい彼が何をしに来る人なのかも分かっていないのだ。だがドクター・シィンは上手に話を聞き出す術に長けていた。

「これは?」

 シィン医師はバーナビーの右手を見ながら聞いてきた。

「めいよの、ふしょうです」

「ほう、それはカッコイイね」

 彼は包帯を解き、傷を眺めた。バーナビーの背後でク・マールがシィン医師に悪戯っぽく目配せしているのはバーナビーには見えない。

「ほとんど治っているけれど、もう少し巻いておいたほうがいいね」

 言いながら彼は丁寧に包帯を巻き直した。包帯を外すのが残念だと思っていたバーナビーは、ちょっと嬉しかった。





 その夜、バーナビーは胸がドキドキして、なかなか眠れなかった。いつものように虎徹に本を読んでもらっても、一向に眠気が訪れなかった。包帯につつまれた右手を天井にかざし、ためつすがめつしては嬉しくなる。これは『めいよのふしょう』といって、カッコイイことなのだそうだ。お父さんと、お母さんが帰ってきたら、この話もしなくちゃ、と考える。

「おじちゃん」

「うん?」

「おとうさんと、おかあさんは、いつかえってくるの?」

「そうだな、明日、聞いておいてあげるから、もう寝なさい」

 隣で肘をついて半身を起こしている虎徹を見上げると、下がり気味の目じりが、さらに下がっているのが分かった。彼はもう眠そうだ。

「おじちゃんは、ねむい?」

「ああ、うん、ちょっとな」

「じゃあ、ぼくもねる。ねぇ、とんとん、して」

 虎徹はバーナビーの胸に手のひらを置いて、時計回りに撫でながら、ときおり心臓の鼓動に合わせるように、やさしく叩いた。こうされると、体も心も温かくなって、じきに眠気がやってくる。

 あふ、と小さく欠伸する。ようやく目蓋が重くなってきた。

 覚醒と眠りの狭間にたゆたっていると、今日一日の出来事がぼんやりと思い出された。

 フライパンとレードルを握ってキッチンに仁王立ちする虎徹。カッコよくて惚れ惚れしてしまう。

 敬礼をするラランジャとク・マール。

 スパゲティを巻きつけたフォークを持って「あーん」と言いながら、自分が大きく口を開けていた虎徹。

 ドクター・シィンのペンシルライト。

 眩しい光。

 ベッドで本を読んでくれる父。

 自分を抱きしめる母の腕のぬくもり。

 虎徹が笑いながら「ミッション・コンプリートだ」と言う。みんなが楽しそうに笑っている。

 バーナビーは、おかしくなって、ひとりでくすくす笑った。胸の中にあふれてくる言葉を言ってみる。

「おじちゃん、だいすき」

 ほんとうは、もっとたくさん言いたいのだけれど、眠気に勝てない。

「おじちゃんも、バニーが大好きだよ」

 虎徹は嬉しそうに答えた。頭を撫でられて、おでこに、お休みのキスを受ける。バーナビーは、ピンク色のウサギのぬいぐるみを抱き直して、虎徹の胸に額を擦り付けた。今日も力いっぱい幸せな一日だった。

 いつか大人になったら、あの戦場に、虎徹のように雄雄しく堂々と立てるようになるだろう。そうしたら、もっと色んな料理を作って、みんなに振舞うことができる。きっと上手にできる筈だ。

 いつかな? 明日は無理かな? あさってなら、どうだろう。

 虎徹の手に背中を撫でられ、彼の手のひらのぬくもりを感じながら、バーナビーは眠りの中へ誘い込まれていった。


 

 

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