誰でも一度は思いつく『整体ネタ』です。

密着度は高いのですが、そーゆーシーンは、ありません。

デキていないのにイチャイチャする、とゆーか、

イチャイチャしててもデキてない、とゆーのが、

なんだかドキドキします。

きっと、そーゆーお年頃なのね。


A friend in need is a friend indeed.  1

 



「もう…ちょっと上……」

「ここですか?」

「うん……もっと強く」

「……こう?」

「あっ、ああっそこっ! そこいいっ! そこもっと! 変な声でちゃう」

「変な声なんて出さないでください」

「や、そんなん無理。ううっ、よすぎて、いろんなものが出そう」

「妙なもの出さないでくださいね」

「…あ、はぁ…っ、んんっ、もぉ…どっか遠いところへ行っちゃううぅ〜」

「どこへ行くっていうんですか、まったく。ちゃんと戻ってきてくださいよ」

「なになに? なんなの? どこへ行くの?」

「真っ昼間から、なにヤラシイ声あげてんのよタイガー」

「整体か。上手いな、バーナビー」

「わたしもやってほしいな、バーナビーくん。わたしも」

「ぼくも…………………やってほしい………です」

「いいですよ。でも、まずは、このおじさんを片付けるまで待ってくださいね」

「あ、ボクも整体できるよ。ボクもやったげるー」





 トレーニングセンターでは、いつもの風景が描かれている。素顔のヒーローたちが、おのおの肉体の鍛錬に励んでいる。そんななかでバーナビーは、虎徹が腕を背後にまわして、自分の背中をさすっているのに気づいた。

「どこか痛むんですか?」

 バーナビーはランニングマシンから降りて、額の汗をぬぐいながら、ベンチに腰掛けている虎徹に歩み寄った。

「いや、べつに痛いわけじゃないんだけど」

 目線をあちこちにさ迷わせながら、虎徹は答えた。

 この人が痩せ我慢をするのは知っている。若すぎないことも。

「背中、押してあげますよ」

「え、ホント? 悪いなぁバニーちゃん」

 嬉しそうに笑う。断らないところを見ると、やはり痛んでいたのだろう。

 バーナビーは虎徹をベンチへ、うつ伏せに横たわらせると、背筋を指圧した。彼は、見た目が細くスレンダーなのだが、じかに触れると、見た目より、さらに細いのがよく分かった。無駄な肉は少しもついていない。筋肉は弾力に富んでいたが、ところどころ張っている箇所がある。硬いところにゆっくり指を押し込むと、彼は腹の奥で低く呻いた。

「うぁ〜、気持ちいいいぃ〜」

「凝っていますね。運動量が足りてないんじゃないですか」

「そんなことないって。ちゃんとやってるって」

「じゃあ、そういうことにしておきます」

 軽口を利きながら指圧をつづける。しばらくは単純に押すだけだったが、一通りマッサージを終えると、片手で背中を押しながら、残る腕に虎徹の大腿部を抱え、ぐぐっと上に上げて海老ぞりに反らせた。

「わっわっなにしてんのバニーちゃん? くっ苦しい」

「整体ですよ。してもらったことないんですか?」

「あっあるけど、あるけど、おまえにしてもらったことはない」

「当たり前じゃないですか。ぼくだって、人にやるのは、これが初めてなんですから」

 武術、あるいは体術の覚えのあるものなら、整体はそう難しいものではない。とくに体術には、人体の関節の動きや筋肉の流れを利用するものが多いから、そういう知識が自然と身についてくる。本格的にはできなくても、多少のメンテナンスくらいはできるようになるのだ。

 「気持ちいい」だの「苦しい」だの「そこもっと」だの「何か出る」だのと騒ぐものだから、ほかのメンバーたちが何事かと集まってきた。みなが口々に虎徹にもバーナビーにも声をかける。はじめは疎ましいと思っていた仲間同士の交流も、してみれば楽しいものだと今のバーナビーは思う。

 以前は両親の仇討ちしか頭になく、ほかのことは何でも疎ましかった。なにもかもを後回しにしていた。人間関係など作ろうとも思わなかったし、復讐が終わったあとのことなど何一つ考えたこともなく、終われば死んでもいいと思っていた。

 だが、実際に立ち止まったとき、空っぽになったはずの自分に、仲間がいたのだということを初めて感じた。なにもかも一人でできる、また一人でやらなければならないと思っていた今までの自分が、ひどく未熟に思えた瞬間だった。

 そうして、新しい日々が始まったのだ。新しい目で見る日々は、毎日が新しい感動の連続だった。周囲の人間を『その他』ではなく『人間』として認識するようになると、それまで知らなかった面が次々と見えてきた。そして、自分が一番知らなかったのは、パートナーである虎徹のことだったと気づいた。

 単純で、お節介で、お調子者。いい年をしてセルフコントロールもできない。自分のこともできないのに、他人の世話ばかり焼いている。はじめは馬鹿にしていた。だが、そのお節介が自分に向いたとき、迷惑だと思う反面、嬉しさも感じた。以前は、その感情をもてあまして、逆の態度ばかり取っていたが、今は素直に表現できるようになった。

 仲間たちと打ち解けることができたのも、虎徹によるところが大きい。なんだかんだ言われながらも、彼は周囲から信頼されていたし、いいクッション役にもなってくれた。ふつうの子どもが幼いころに親から学ぶことを、バーナビーは虎徹から学び直したような気がするのだ。

「痛い痛い痛い痛い! もぉ止めて! 何でも言う! 何でもする! 死ぬ死ぬ」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ」

 足首を持ち上げて、微妙に捻ると、虎徹は涙目になりながら、情けない声を上げた。たしかに整体術には、柔術の関節技に似たものもあるから、関節を決められたくらいに応えることもあるのだ。もっとも虎徹の場合は、ちょっと大げさに反応しているのがバーナビーには分かっていた。『もう充分に、こんな感じだから、これ以上、酷くしないでね』というアピールなのだ。

「痛い痛い言うわりには、なんか楽しそうよね」

 案の定ブルーローズには見抜かれている。

「どおおおああああっ!」

 とつぜん野太い怒声が上がった。すこし離れた床のマットの上で、ドラゴンキッドが仰向けのファイヤーエンブレムの背筋に足を当て、天井に向けて押し上げていた。プロレス技で言う『吊り天井固め』みたいに見えるが、あれはタイ式の整体術のようだ。カンフーマスターなら中国武術系だと思っていたが、整体はタイ式らしい。あれだけ体格差があるのに、上手いものだとバーナビーは感心する。ファイヤーエンブレムの、どすの利いた悲鳴があたりに響く。男に戻ってしまっている。

 バーナビーは虎徹の背筋を、もう一度、指圧した。硬く緊張していた箇所が、柔らかくなっている。こんなところか。

「はい、もう終わりますよ」

「お、終わるの? ホントに?」

 虎徹はホッとしたような、残念そうなため息をついた。

「じゃあ、最後に、お腹さわりますね」

 バーナビーは虎徹を仰向かせ、腹に手のひらを置いた。そのまま、ゆっくり『の』の字を描きながら、時計回りに手を回し、腹を撫でる。

 トレーニングウェアの布地越しにも、筋肉の流れが、はっきりと分かる。長年にわたって鍛え上げられた強靭な筋肉の鎧が、薄く腹を覆っている。同性の目から見ても、惚れ惚れするほど、きれいな身体をしていると思う。

 この身体ひとつで、彼はこの街を守ってきたのだ。やりかたは、はなはだ効率が悪かったとしても。

 自分には、けっして、できない生き方。それが、この男らしい生き方でもある。頭では馬鹿らしい生き方だと思うのに、ときおり胸をよぎる感情は、ひどく憧憬に似ている。

 虎徹の身体から力が抜け、しだいに温かくなってきた。気持ちがいいのか、目がトロンとしてきて、とろけそうになっている。猫なら盛大に喉を鳴らしていることだろう。

「おまえの手、あったかい」

「気持ちいいですか?」

「うん。いいな、おまえの手。眠くなってきた」

 虎徹が小さく欠伸をした、そのときだった。

 エマージェンシー・コールが鳴り響き、アニエスの顔がモニター画面に大写しになった。

「ボンジュール、ヒーロー」

 アニエスの呼びかけを合図に、みなが一斉に立ち上がった。



 

 

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