A friend in need is a friend indeed. 2
シュテルンメダイユにかかる橋の上で、爆発事故と、それによる多重衝突事故が発生した。薬品を運ぶ製薬会社のトラックと、肥料を運ぶトラックが衝突し、こぼれた積荷が混ざり合って化学反応を起こしたらしい。本日の出動要請は、人命救助と、事故の鎮静化だった。 トランスポーターが現場付近に着いたときには、すでに橋の入り口は封鎖されていた。立ち往生する車両でいっぱいで、どのみち車では入れない。そこから先は小回りのきくバイクで現場に駆けつけた。 停まるが早いかサイドカーから虎徹が飛び出した。彼のスーツは、すでに蛍光グリーンの輝きを発していた。バーナビーも後を追う。目の前では、横倒しになったトラックから炎と黒煙が吹き上げ、胸が悪くなるような悪臭が、あたりに立ち込めていた。 虎徹は橋上に立ち往生している車を一つ一つ覗き、取り残された者を探していた。ひしゃげた車体などに挟まれて動けない者を見つけると、邪魔なところをひっぺがして怪我人を助け出すという力技だ。ただし超人的な腕力は五分間しか使えない。虎徹は次々と車を壊しては怪我人を引っ張り出し、レスキュー隊の担架に任せた。 バーナビーもまた、虎徹に倣って怪我人の救助に当たった。虎徹とは、意識的に能力の発動をずらしていた。何も考えずに飛び出していく彼と同時に能力が切れたら、なにか起こったときに対処できないと思ったのである。 ほどなくブルーローズが現場に到着した。 「どいてて!」 ブルーローズはスノーモービルを降りると青白く発光した。彼女は『氷を操る』能力の持ち主である。炎上するトラックを氷で包もうというのだ。 だが、一瞬早くトラックが、ふたたび大爆発を起こした。爆風に煽られたブルーローズが、高い悲鳴を上げながら橋上から吹き飛ばされた。 つぎの瞬間、虎徹が空中に飛び出した。吹き飛ばされたブルーローズを空中で抱きとめながら叫ぶ。 「バーナビー!」 彼は抱きとめたブルーローズをバーナビーに向かって投げてよこした。 ほぼ時を同じくして彼の発光が消えた。 ブルーローズと入れ替えのように、虎徹が橋から落ちていく。 「先輩!」 瞬時にバーナビーは地を蹴り、受け止めたブルーローズをできるだけやわらかく橋上に戻すと、背中のバーニアを吹かせて、落下よりも早い速度で虎徹を追った。 この高さから落ちれば、落下の衝撃は、水面といえども、コンクリートに激突したのと変わらない。スーツの性能が、どれほど高くても、中身は生身なのだ。 堅く頑丈な箱に、軟らかい豆腐を入れて、高所から落としてみると、箱は無事でも、中身はぐじゃぐじゃになる。スーツの中の人体も似たようなものだ。けっして外見ほど頑丈なものではない。うそだと思うなら、やってみればいい。能力を発動していなければ、それは尚更だった。 バーナビーは落下する虎徹を追いかけ、水面に叩きつけられる寸前で、ふわり、と横抱きに受け止めた。間に合った。マスクの下でホッと息をつく。 一瞬、虎徹の身体が緊張し、ついで弛緩したのが分かった。 「バニー、ブルーローズは?」 「橋の上に置いてきました。無事な筈です」 「あああぁ〜、助かったよバニちゃ〜ん。絶妙のコンビネーションだよねぇ、おれたち」 「なに言ってるんですか。考えなしで無茶ばかりして」 「いやぁ、ごめん。おれもさ、こんどこそ涅槃が見えるかと思ったわ」 「ネハン? なんですか、それ?」 「ああ、えーっと、あの世ってこと」 「どこでもいいですけど、勝手に一人で行かないでくださいね。ぼくたちコンビなんですから」 「うん、うん、じつは、助けてくれるって信じてた」 「まったく、調子がいいんだから。あなたってひとは」 橋上に戻ると、トラックの炎は、もう治まっていた。あたりが氷に包まれている。ブルーローズがやってくれたのだ。 「タイガー!」 ブルーローズが駆け寄ってきた。バーナビーの腕から降りた虎徹に感動的に抱きつく…のかと思いきや、そのままボディーブローを見舞った。 「なんてことすんのよ。ビックリしちゃったじゃないの。あたしボールじゃないんだからね」 「ああぁ〜、ごめんよぉブルーローズ。怪我なかったか?」 ブルーローズは半泣きだった。やはり女の子だ。そうとう怖かったらしい。これが彼女流の甘え方なのだろう。だがカメラが寄ってくると、彼女は、表情をくるりと営業用に変え、艶然と微笑んだ。 オフィスで報告書をまとめたバーナビーは、デスクに虎徹がいないのに気づいた。いつ出て行ったのだろう。書類を書くのに熱中していたせいか、気がつかなかった。彼の書類は、まだ未完成のまま、机の上に置いてあった。 事務室を出て虎徹を探すと、彼は自販機の前に並べられたベンチに掛けていた。コーラのペットボトルを持ったまま、ぼんやりしている。 「虎徹さん?」 呼びかけに気づいた虎徹は、力なく微笑んだ。 「どうしちゃったんですか? 元気がないみたいですね」 「………うん」 本日の功労賞はブルーローズがさらっていった。けれど、バーナビーの知る虎徹は、そんなことを気にするような人間ではない。 「なんだかなぁ………助けられなかった人が多かったから………ちょっと、な」 ああ、とバーナビーは思う。今日の事故では、取り残された車から救助された者の大半が、まもなく亡くなっている。怪我と火傷、薬品から発生したガスなどが原因だった。玉突き事故の現場では即死者も多かった。 「ヒーローなんていってても、世界を変えられるわけじゃない。もれなく救えるわけでもない。無力だよな」 「でも、あなたのおかげで助かった人も、たくさんいますよ」 「そっかなぁ……そうだったら、いいなぁ」 このひとは、助けた何百という命よりも、助けられなかった数人の命の方が重いのだ。 ある意味、自分の命よりも。 この十年のうちには、こんなふうに傷ついた日が、幾度となくあったに違いない。 ぎゅっと胸が締めつけられるような気がした。 そういうひとだ。 だからこそ、だれよりもヒーローらしい。 バーナビーは、ベンチに、虎徹と並んで腰掛け、彼の手を握った。 「ぼくも………助けてもらった者の一人です」 はじかれたように虎徹はバーナビーを見た。 琥珀色の瞳に明かりがともる。 彼は俯き、ちょっと肩を竦ませた。 「お前の手、あったかいな」 「あなたの手も、あたたかいですよ」 「そぉ?」 彼は笑った。 切なくなるような笑顔だった。 「あれに懲りてなかったら、また背中を揉んであげますよ」 「うん。ありがとな」 しばらくのあいだ、ふたりは、おたがいの手のひらが作る熱を分かち合った。 |