『電気仕掛けの竜』シリーズの続編です。
エドが十年で一つくらい年を取るという設定になっています。
前シリーズより三十五年後の西ドイツが舞台です。
設定が、これでもかとゆーぐらいにご都合です。
そーゆーの、苦手な方は、閲覧をご遠慮ください。
白銀の魔術師は 黄昏に微笑する 二
三十五年という時を経ているのに、何も変わっていないように見える。まるで、あれから時の流れが止まっていたかのように。 撮影を見守りながらエドワードは思う。ラングが仕事をする姿は、かつて何度も見ている。気迫をまとった背中には、厳かともいえる近寄りがたさがあり、神秘的な感動を覚えたものだ。さきほど親しげに拍手を送ってくれたスタッフたちも、ラングの掛け声ひとつで仕事に戻り、ピリピリした空気が肌に感じられるほど周囲は緊張感に包まれていた。 だがエドワードは安らいでいた。壁際に用意されたゲスト用の椅子に掛け、撮影風景を見守りながら、生まれてこのかた、どこにいても覚えたことのない安らぎを感じていた。ここにいていいのだと素直に信じられた。 撮影が終わると、挨拶もそこそこに、ラングはエドワードを連れ出した。スタッフの一人が運転を務める車に詰め込まれ、着いたところは、やはり見覚えのある邸宅の前だった。 「ここは……?」 夕暮れにそびえる建物は、記憶にある『隠れ家』と寸分たがわぬ姿をしていた。 「『隠れ家』だよ。約束しただろう。きみの故郷を作ると。わたしは『恩も恨みも一千年忘れない』というのが身上の一族の出だからね。しつこいのさ」 ラングは得意げに言った。 何もかもが壊され、瓦礫だけが残された戦後に、彼だけでなく、古いものや伝統、昔ながらの街並みを愛する多くの者たちが、大戦で破壊されたものを、できるかぎり復元したのだという。国民性もあったのかもしれない。時間が止まっているように感じたのは、やはり気のせいではなかったのだ。 門を通り、ドアを開いて室内に入ると、見覚えのある風景がエドワードを迎えた。多少の違いはあるものの、記憶にある『隠れ家』と、ほぼ同じだった。さすがにハウスキーパーは違ったが、それでもラングの暮らしぶりは、その当時と、さほど変わっていないようだった。 暖炉の傍のソファに座っていると、料理の乗ったワゴンと、自ら選んだらしい赤ワインを携えてラングが戻ってきた。「とっておきだよ」と目じりのしわを深める。 「ほんとうは、しばらくおいて、空気に触れされたほうがいいのだがね。待ちきれないから」 言いながら彼は、ワイングラスにワインを注いだ。甘く濃厚な香りが、ふわり、と漂う。彼はグラスを取って、目の高さにかかげた。 「再会に」 「再会に」 ワインを口に含むと、深みのある甘みの陰で、かすかな苦味が、やわらかく舌を刺した。 「いまはジュネーヴにいるんだ。ちょっとした研究所にいて、科学者をやってる。研究しか能がないオレでも、なにか役に立てることがあるかと思って」 「ほう。きみは自分で思っているよりも、ずっと有能だから、きっと成果があるだろうね」 「そ、そうかな。そうだといいけど」 ラングの言葉に、エドワードは耳まで赤らむのを感じた。 自分でもどうかと思うほど、今夜のエドワードは饒舌だった。語りたいことは山ほどあった。ラングは以前と変わらず、楽しそうに話を聞いてくれた。 「あんたの映画は、可能な限り全部観たよ。『メトロポリス』で右手が機械鎧の人物が出てて、あ、オレだって思った」 「分かってくれたか」 彼は満足そうに笑った。 「ほんとうは、きみを使いたかったのだがね。でもまぁ、彼も、好演だっただろう?」 「ああ」 一通りのことを話してしまうと、無意識に避けていた話題が残った。ラングは自分からは話題を振らず、エドワードの好きなように話をさせている。そして否定せず受け入れている。自分から言わなければならない。 「あの……さ、……あんたに……謝らなきゃならないことがある」 ラングは黙ったまま小さく身を乗り出した。 「あんたに………合わせる顔がないって思ったんだ」 途切れがちになる言葉を、ラングは待ってくれた。このひとの、このやさしさに、自分は何度救われただろう。エドワードは項垂れていた頭を上げた。 「ウラニウム爆弾をどうすることもできなくて、ヒロシマやナガサキに原子爆弾が使われてしまって……あんたは命がけでオレを助けてくれたのに……オレは……けっきょく……何もできなかった」 エドワードがラングに会うまいとしたのは、自分に対する罰だった。あれだけの犠牲を人に払わせておいて、自分だけ、のうのうと幸せになることはできなかったのだ。 「でも……『ドクトル・マブゼ』をリメイクしてるって新聞で読んで、会いたくて我慢できなくなった」 いつのまにか涙があふれて頬を濡らしていた。ラングはソファから立ち上がり、エドワードの隣に座ると、指先で頬の涙をぬぐった。 「わたしを『マブゼ』と呼ぶのは、きみだけだ」 彼の指は熱を持っていた。 「きみが生きていれば、このリメイクに特別の意味があることに気づくだろうと思ったんだ」 抱き寄せられ、額に、頬に唇が落とされる。右手を取られ、機械鎧の指先にキスされると、たまらなくなって彼の胸に顔を埋めていた。もう自分を止められなかった。 覚えたての恋人同士のように抱き合って、唇を交わして、もつれるようにしてベッドへと辿り着いた。服を脱がせ合って、手のひらで、指で、唇で、舌で、たがいを確かめ合う。 ラングの乾いた手のひらが、味わうようにエドワードの素肌を撫でていく。彼の触れたところから熱が上がって、これまで封じていた感覚が、いっせいに綻んでいくのが分かる。自分の中に、こんなにも強く彼を求める気持ちがあったことが怖ろしいほどだった。 それはラングも同じだったに違いない。彼の目には、貪欲な炯りが、かぎろいとなって揺れていた。初めて見る、いままで見たことのない彼の顔だった。 「三十年以上も生死さえ知らせてくれなかった薄情な恋人に、少しばかり意地悪をしても許されると思うのだが、どうかな?」 彼の声は欲望で掠れていた。 エドワードは無言で頷いた。欲情の檻に囚われ、怯えながらも、それを欲していた。 ラングは枕元に脱ぎ散らかされていたエドワードのネクタイを取って、エドワードの両手首を胸の前で合わせると、軽く縛った。ちょっと力を入れれば外せる程度の拘束だった。だがエドワードは動けなくなった。縛められたのは体ではなく心だった。 獲物を完全に捕らえてしまったことが分かると、ラングはエドワードの体を横たえ、頭上に上げる形で、縛められた腕を枕に押し付けた。そして、唇を合わせ、より深く探るように舌を差し入れてきた。夢中で舌先に吸い付いていると、彼の手が下肢に伸び、窪みに触れた。ゆっくり、けれど容赦なく、指は狭間に押し入った。 触れ合うことに飢え渇いていた体は、何度目かの抽挿で、あっけなく頂点を越えた。それでも飢えは満たされなかった。「もっと」と強請ると、ラングの目の色が深くなった。 それからは、言葉もなく、ただ互いを貪りあうだけの時間が流れた。執拗に加えられる愛撫で何度も絶頂に導かれ、頂点に押し上げられては落とされ、もう限界だと思うのに、ラングの手に深いところを暴かれると、どうしようもなく昂ってしまう。上げ続ける嬌声に咽は乾き、満足に声も出なくなっていた。 もはや快感は苦痛に近かった。それでも全身が幸福感で満ち足りている。これ以上ないくらいに充足している。下肢が悲鳴を上げているのに、拒む言葉は出てこない。 「あ……あ、あぁ……」 エドワードが意識を手放すまで、彼の追求が止むことはなかった。 |
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